1
石もまた作物をつくる
いわき地域学會代表幹事
吉 田 隆 治
群馬県の山里で暮らす哲学者内山節さんの本『自由論―自然と人間のゆらぎの中で』(岩波書店) に、次のようなくだりがある。―― 日照りの夏、畑をふと見たら少し大きめの石が目についた。 取り除こうとして石を持ちあげると、石の下はわずかばかりの湿り気と冷たさを帯びていて、ミ ミズのような小動物が集まっていた。そのとき、内山さんは「畑の石は取り過ぎないように」と 言っていた村人の言葉を思い出す。畑の土はそれらの小動物がつくっている。その小動物を小石 が日照りから守っている。石もまた作物をつくっているのだと、内山さんは了解する。
本書の54ページ、「一族で継承。おたまさんのえんどう豆」に似た話が載る。いわき市遠野町で、 隣り合う親戚2軒がおばあさん伝来のエンドウを栽培している。
「栽培地周辺は、畑に小石が多く混じっています。耕して畑にするには大変不便な土地ですが、 石には日中の熱を蓄え地温を保つ働きがあります。」
夏井川渓谷の小集落に小さな菜園をもっている。畑の小石には悩まされてきた。石や硬い土が 伸びる根を遮るから、ときどき大根やニンジンが “ たこ足 ” になる。しかし、気象との関係でい えば、小石もそれなりの役目を果たしている。畑の石は多くても困るが、取り過ぎてもいけない のだということを、上記二つの話が教えてくれる。
この栽培者たちのきめ細やかな観察力はどこからくるのだろう。家族に食べさせたいという愛 情が原動力になっているのはまちがいない。それは昔野菜に限ったことではないが、昔野菜とは 切っても切れないものだ。
その延長線上に、親子の情愛を添えることもできる。「嫁に来たばかりの頃、働きすぎから腎 臓を患い、見舞いに来た実母が腎臓の薬にと言って、実家で栽培していたスイカの種を分けてく れました」(15ページ)、「嫁入りの際に、実母から小豆を手渡されました」(17ページ)。昔 野菜の種子の伝播・継承に母親が重要な働きをしていることが読みとれよう。
本書にはフィールドワークの成果が満載されている。とりわけ、畑の小石にまで目が届いてい ることに感銘を受けた。